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2014

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2014年。


ご挨拶遅れましたが、代が交代しました。







私が代表だ。みんなおはよう。







ローランド・エメリッヒ監督の作品に出てくる大統領のような挨拶にて登場させていただきました。みなさまはじめまして。映画研究同好会37th代表の428です。昨年の11月3日から代表を務めさせていただいております。このブログはすっかり手つかずだったので今回更新させていただいた次第でございます。

さて、かつて『2012』という作品がありました。内容はこうです。

ある日起きると世界中で天災が相次ぐ。最新の研究によれば2012年の12月21日には世界が滅亡してしまうという。残された人類は箱舟を作り生命を残そうとするが・・・


これ、設定はまだしも、タイトルは2012年までしかもたないよね。


当時はマヤのカレンダーとかで2012年に人類が滅亡するということがちらほら話題になっていたからかこの作品も確か話題になっていたと思う。

そんで当時確か私は中学生だったので、「どうせ2012年で人類はメツボーするから」とあまり深く考えていなかったが、


人類は滅亡せずに、この作品だけが残った。


この作品における特撮技術はもう凄いですよ。最近ではギレルモ・デル・トロ『パシフィック・リム』も凄かったですけど、やっぱりこの作品での街の破壊描写は細かいのはもちろん、エメリッヒ特有のユーモア溢れる捉え方がいいんですよ。確か、ね。

しかしそんなこの作品も2012年を過ぎてからは一切話題に上らなくなった気がする。

でも僕は、あえて思い切ったこのタイトルを評価したいです。

きっと、2012年に本当にこの世界が滅亡しても、この作品だけは残る。映画の終盤に箱舟を作って、人類が生命を残そうとするように、


エメリッヒはこの作品の中に、私たち人類が生きた2012年の歴史を残したかったのではないでしょうか。

『2012』とは2012年のことではなく、人類が生きてきた2012年間のことだったのです!



結果我々は2012年以降も何事もなく生き残りました。しかしこの作品は人々の中からどんどんと忘れられ、今さら観る気もおきないしテレビでもタイトルへの今更感が先行し今後放映されることもないでしょう。『ボルケーノ』もやらないでしょう。

しかしこのような負け戦にあえて飛び込むという潔さを、僕は忘れたくないなと思いました。







★2014年1月21日の作品★
『2012』
監督:ローランド・エメリッヒ
製作国:アメリカ合衆国、カナダ
製作年:2009年
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映研始め2010

さて、年も明けて10日も経ってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。
明けましておめでとうございます。

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6日には北関東連合軍主催の新年会、リアル鬼ごっこ&飲みが催されたらしいですが、どうだったのでしょう?
私はバイトで参加できなかったのですが、人数が少なかったとか…


そして、一昨日8日に、今年初めて部室に行った訳ですが、いやー久しぶりで面白かったですね。
全学年、色んな先輩方に会えました(´ω`)

スペイン語の話から始まり、
吸血鬼の映画見たり、
じゅりーさんの撃たれるときの顔とH野塾CMの藪から飛び出るH野さんの顔をアップ&スローモーション(こんな機能があるなんて…!)でエンドレスリピートして涙してみたり、
はたまた映画の出演依頼をされてしまったり…
私なんかが役やっていいのでしょうか。高校時代から演技は自分でもいやになるほど下手だっていうのに…!
はい、なので、なるべく作り手に回りたいのです。

そんなこんなで昼休みから4限の空き時間を楽しく過ごさせてもらいました
さすが、映研ですね!
では、今年もよろしくお願いいたします
The END

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撮影を通して

たまにはまじめなことを書こうと思います。
たいてい、僕が担当するときは面白くもない普通のことを書いていますけどね。
そう、私、サラミでございます。(サラミについてはちょっと前の記事参照)

先週ほぼ一週間、撮影をさせていただきました。
僕にとって8本目です。
他の方の撮影にもよく参加させてもらっているので
(暇なんだよ)
僕の名前が入った作品は多くあります。
(自慢じゃなくて暇なんだよ)

すなわち、多くの撮影の裏をみさせてもらったり、
その脚本ができた理由などをたびたび聞かせてもらうことが多いわけです。
もちろん、演出の意向もね。
そこで思ったのが、やはり登場するキャラクターというのは作者の1部なんだな、と。

あたりまえと思うかもしれませんが、そうなのです。
なんでかって思った人、いないよね?
自分の心のどこかを分割かつ通して、1人のキャラクターができるのはいうまででもありません。

だから、先日撮影したキャラクターは全員僕の1部です。
僕が作ったんだからそうです。
僕じゃない人が作ったら、きっと違う性格、違う台詞でしたでしょう。

さてさて、これも当たり前なのでしょうが、
先日撮影が終わって1人で脚本を読んでいるときに気づいたことがあります。

キャラって理想なんだな。と。

その理想ってのは外見的にも、内面的にもです。

例えば、
セーラー服+日本刀

これは僕個人のフェティシズムなのでしょうw
(別にいやらしいことは考えてないのであしからず)
まぁ、単純に「KILL BILL」の栗山千明、タランティーノへの憧れでしょう。

んで、
権力に媚びない、ローズ。
忠誠心ゆえ過ちを犯す、団次郎。

ってなキャラが出てきました。(わからない人ごめんなさい)

上記の2人は僕の理想なことに気づいたわけです。
「権力に媚びない」
「信じる道が過ちでも突き進む」
ってな感じで。

そして
欲望および自己陶酔の塊、ネロ。

まぁ、コイツは僕が知ってる中では専大映研史上、
最低の悪役 なのではないでしょうか。(まぁ春に見て)

しかし、僕に1番近いキャラクターな気がするわけです。
身勝手さっていうか?w
まぁこのネロ、もちろん死にますw
ストーリー上、死ぬ必要があるからです。
というよりか、僕がこのキャラクターを心の中で殺す必要があったんだと、
今になって思います。

つまり、自分の嫌いな部分の象徴なんでしょうね。

ってな感じで、今回の撮影をさせていただきました。
どうだ!文才のなさでわかりにくいだろ!!
ネロは「理想」とは真逆だし。。。

キャスティングに関しても、そのキャラのイメージを友人に照らし合わせてるんでしょうね。
友人(後輩も含む)は自分の中のどこかがその人に憧れているから、
理想像のキャラクターと重なって、キャスティングさせてもらってるんですね。
(もちろん撮影に参加してない人が好きじゃないってことじゃないです。たまたま今回僕が思いついた脚本がコレだっただけです)

↑って考えると ネロ役の人、かわいそうww
まぁネロ役の人は、似合うって意味で選びましたがw

とにもかくにも、撮影お疲れ様でした。
楽しく撮影できたこと、みなさん一緒に同じ作品を作れたことを光栄に思います。
寒い中、おつかれさまでした。


こう書くと最後の撮影みたいだけど、そんときゃきっともっと感謝の意を込めた文を書くと思います。


あ、そうそう、今回言いたかったのは、
撮影楽しいよってこと。
楽しいから8回もやってんだなw
多くの人と絡めるのはもちろん、作品は思い出兼自己分析になるから。
だからって無理やり話しつくって撮影ってのは間違いだけど、
これからも多くの作品が生み出されることを願っています。





大部分、うその内容だけどさ

映画は偉大だ!!ザマ見ろ。

こんにちは。寒い日が続きますが春らしくなってきましたね。梅の花の香りが漂い、オオイヌノフグリの花が咲き乱れ...やはり春というものは気分が良いものですね。

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↑時には自然に触れて春を感じてみるのは如何でしょうか?


さて、ここ何日かN本ことサラミ・ザ・グレート監督の主導のもと撮影が行われました。
私は2日間だけ参加していたのですが...大変でしたね。寒さと羞恥心!あの屈辱は一生忘れません。この撮影中にそう心の奥で思った人は多かったように思います。
しかし、羞恥心を捨てる事こそ演技の一つのコツなのではないでしょうか?今回の撮影でそう思わされました。演技の事を語るほど私は演技の事はわかりませんが。しかし、こうやって考えるようになったのはこのサークルに居るからなのでしょう。こうやってサークルに入って違う世界が開けたという事でしょうか。何だか感慨深いです。

さて、今回の撮影風景をお送りします。

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↑真剣な眼差しを送る監督,スタッフ、役者の方々。真剣かはわかりませんけど。ふざけておもしろがって見てる人も居るでしょう。帽子かぶってる奴とか!

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↑ちなみにこれが彼の私服!衣装じゃありません。

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↑演じる役者の方々。戦っています。

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↑日本刀を振り回す女学生もいました。私は彼女に苦汁を舐めさせられました。

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↑女子高生囲んでいじめてるわけじゃないよ。

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↑今回は屋内での撮影も行われました。撮影には様々なシチュエーションがありますからね。


確かに今回の撮影は大変でした。春が近づいたと行ってもまだ寒いですからね。やっぱり屋外の撮影は辛いです。皆さん、苦労しながら一つの作品を作り上げるためにがんばっていましたね。

...しかし!!見てくださいこの笑顔を。

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↑良い笑顔です!

撮影中にはこんな良い笑顔が生まれる瞬間があります。やっぱり楽しいからこそできるんですよね。ここが映画撮影の一つの良さではないでしょうか。


これから4月になって新しい人が入ってきたらこういう楽しみを味わってほしいですね。もし、新入生や新しく入りたいという人がいれば歓迎します。

苦労したからこそ素晴らしい撮影でした。

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↑こういう人々がいます。

でも、オカマ役やらされたり汚れ役をやらされるときもあるからね。最低だよ。気をつけてね☆

マジでこの映画公開してほしくない。

この撮影の素晴らしい思い出!ーくたばれ。

ゾンビとの1日。

今日も残暑の厳しい1日だった。もう夏は終わったと思っていた私にはこの何日かの残暑は気分が良いものではない。そんな何をするにしても気分の乗らない1日にも関わらず私はある用事のために大学へと向かうことになった。

思っていたよりも早く用事が済んでしまったので、暇を持て余すことになった私は時間を煙に巻きながらベンチで休んでいた。そして、何かを思いついたように部室へと歩を進めた。いつものように部室塔の階段を上り扉を開ける。普段と全く変わることのない風景に行動。そして、大学は休みなので部室には誰もいないのが当たり前だ。しかし、違った。部室の中には一人のゾンビがいた。状況が飲み込めずにいた僕はいつもの癖で扉を閉め椅子へと座ってしまった。気まずいこの上ない状況下、ゾンビも私も何も話せない。私はこの特殊な状況が何なのか頭を回転させていたが、ゾンビは何を考えていたかはわからない。私はとりあえず現実にゾンビがいるのだから仕方ないと思うことにしてゾンビを観察することにした。
部室にいたゾンビの特徴は青くなっている肌、所々にある傷、そしてこの暑さのせいだろう、腐敗臭が漂っていた。動きは遅く、時たまうめき声をあげている。
私は彼が腐らないように冷房を強め彼を観察し続けていた。ゾンビはだんだんとそわそわし始め何かに操られていくように立ち上がり、暑い外へと出て行った。それにつられて私も外に出て彼の後をつけた。

彼はふらつきながら坂を下り、近くの神社の階段を上がっていった。それを追って階段を駆け上がっていくと私の視界にある女性の姿が飛び込んできた。
その彼女の座る側にゾンビは腰を下ろしていた。彼女は見たところ私よりか少し年下だろう。老けている私に比べればかなり若く見えるが実際はそんなに年は変わらないはずだ。私は物陰に隠れながらその奇異な状況を見守ることにした。
彼らはたまに会話をしては沈黙してを繰り返していた。その姿は何か思春期の男女の関係を想起させる。端から見るとあの二人はお互いを意識し合っているがどうもお互いの気持ちに
素直になれていないらしい。
私はだんだんとイライラし始め心の中で「ゾンビ、何やってんだ!?このままじゃ腐っちまうぞ!」とゾンビを急き立てていた。その時、女の方が立ち上がり別れを告げ、その場を立ち去ろうとした。ゾンビは去ろうとする彼女の袖に手を伸ばした。今まで見てきた中では想像をできないぐらい俊敏な動きで。お互いに見つめ合う二人、彼らの心は通じ合ったのだろう。

僕はその光景を見て、多少の安堵の気持ちが湧き上がるのを感じた。しかし、ゾンビと人間の間に恋愛感情は生まれるのだろうか?それ以上にゾンビに感情があるのか?私といた短い時間の中では彼が感情を出すことは全くなかった。ただ体が生きてしまっているために本能のままに行動しているようにしか見えなかった。しかし、ゾンビが彼女の袖をつかんだその時にゾンビの感情がかいま見られた。
ゾンビはあの白く濁った生気のない目で何を見て、腐りかけている脳で何を考えていたのだろう?

そんなことを考えながら私は帰路へついた。結局、そんなことはゾンビにならないとわからないし腐りかけた人間だった奴に恋愛なんて高尚な行為ができるわけないと決めつけ布団の中へと潜り込んだ。電気を消した後も頭の中にはあの二人の姿が浮かび上がってくる。腐った人間を愛す人間と、人間を愛す腐った人間。そんなことがあり得るわけがないと私は決めつけた。私の頭の中ではそれが当たり前だ。虹を掴める人間はいない。それと同じようにゾンビに恋愛感情を持つことなどできるわけがない。ゾンビの目には私と同じ風景が映るわけではない。
急に睡魔が襲ってきたので私は眠りの世界へと誘われた。

そして、次の日。私はゾンビになっていた。状況を飲み込むにはゾンビの腐った脳ではどうしようもなくただただ呆然と自分の姿を見続けていた。頭の中に薄い霧のような膜が張っているような感じがする。思考がまとまらない。
私は重い足取りで窓の前に向かい外を眺めた。そこには山が立っていた。その悠然とした姿はいつもと変わらない私が人間だった頃に見ていた姿そのままだった。人間の目から見た世界をゾンビが見た世界を変わることはなかった。そこにある山は山でしかなかったのだ。

あのゾンビと私が同じ状況で同じような感情を持っているかはわからない。私はまだゾンビになってからあまり時間が経っていないためか、人間性が多少なりとも残っていた。しかし、いつの日かには私もあのゾンビのように感情の感じられない生きた物になるのだろう。しかし、彼はその感情の消え去る最後の瞬間に愛を与え、愛を受けてくれる相手を見つけられたのだ。あの袖を引いたときが彼にとって最後の人間性の発露だったのだ。
愛という名の本能。人間としての根底の感情。それを失った時に私は人間ではなくなり食人死体と呼ばれる物に成り下がるのだ。

私には見つけられるだろうか?最後の人間性のかけらを、宇宙へと導く鍵を。残された時間は短い。私は次第に濃くなる頭の中の霧を必死で払いながら走り始めた。



...今日はゾンビに色々と教えられました。そんな、暑い日の撮影でした。
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